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ミドリマキバオー



管理人画(ウインドウズ・ペイントにて)
注:笑ってもイイです。


タマーキン
ミドリコ
母父 マルゼニスキー
主戦騎手 山本菅助
所属厩舎 美浦・飯富昌虎
誕生日 1993.4.4
毛色 白毛
戦績 18戦7勝



馬名の由来
童謡「おお牧場はみどり」をひっくりかえした。


☆血統解説☆
父はトニービンがモデルの凱旋門賞馬父の主な産駒:ウンチングチケット、スーパースナッズ。 母は架空の1991年桜花賞馬。現役時代は桜花賞を勝ち、オークス最有力とされたがを悪くして断念。全勝1番人気で向かえたエリザベス女王杯ではカスケードの母であるヒロポンに不良馬場で完敗した。その後すっかりレースに勝てなくなった。繁殖入り後、初仔のマキバオーだけでなくブリッツ(父:サンデーサイデンス)・マキバコ(父:サンデーサイデンス)が、G1を勝っている。



★マキバオー物語★


〜当歳〜1993年〜
父:タマーキン(凱旋門賞馬)、母:ミドリコ(桜花賞馬)という超良血馬で、1994年に鵡川のみどり牧場で生まれた。そのみどり牧場は1億円の借金を抱えていた。その借金をマキバオーを売ったお金で返そうとした。しかし生まれたのは白い犬のような馬。みどり牧場の主:飯富源次郎は駄馬だと思い込んでしまう。月日が過ぎ、ヒゲ牧場にしている500万円の借金の代わりにボンジュールという繁殖牝馬を渡すことになったが、その代わりにミドリコが連れて行かれてしまう。マキバオーは牧場を抜け出してミドリコを探し始めた。その後、森で親分:チュウ兵衛と出会う。マキバオーは「キン●マくさ男」という名前をもらうが、マキバオーがウ●コでオオカミを倒したため「うん●たれ蔵」に改名された。そして、ヒゲ牧場でミドリコに会うが、ミドリコはマキバオーに厳しく接する。しかし、マキバオーはそれを自分のためにしていることだと気付き、競走馬になることを決意する。みどり牧場に帰ったマキバオーは調教師:飯富昌虎に素質を見抜かれ、すぐに牧場の中でマキバオーは1番早い(強い)馬になった。


〜2歳〜1994年〜
明け2歳になったマキバオーは強い相手を求めて借金の言い訳に行く”おっちゃん”(飯富源次郎)に勝手について本多リッチファームに行く。マキバオーは明け4歳のスピードボール(朝日杯3着)の馬と互角に走り、さらに自信をつけた。しかし、初めてカスケードと対戦すると最後の直線で競争中止。心房細動だった。おっちゃんは「マキバオーはもう走ることはないだろう」とがっかりしてしまう。しかしマキバオーはカスケードに勝つためにすぐに復活。そして今後の相棒である山本菅助に出会う。そして菅助はマキバオーに乗れるようになった。


〜3歳〜1995年〜
3歳になったたれ蔵は「ミドリマキバオー」というカッコいい名前をもらい、美浦の飯富昌虎厩舎に入厩。夏に迎えた新馬戦。ヒゲサンダーに続く2番人気。すごい入れ込んで、レースではコーナーを曲がれなかった。しかし、そこから馬群に追いつき、何とか勝利!見事デビュー戦を飾った。しかし、新馬戦でケガした山本騎手は入院。次走に予定していた札幌3歳Sを回避せざるを得なくなった。函館山で調教を積んだマキバオーは函館3歳Sに進む。しかし、蹄の大きいマキバオーの苦手な雨と不良馬場。4番人気で向かえたレース、直線でニトロニクスを差しきり1着でゴールイン!見事2連勝を飾る。その後、京成杯3歳Sも勝ち3連勝。G1朝日杯3歳Sでは1番人気におされる。直線坂の前でスパートし、カスケードアマゴワクチンをかわし、先頭にたったが、結局3着・・・。来年こそ、カスケードに勝つことを誓う。


〜4歳〜1996年〜
4歳になったマキバオーは、モンゴルに修行に出る。そこでツァビデルとモンゴルの馬に出会い、「マスタングスペシャル」と武器があることに気付かされる。モンゴルから日本に帰ってきたマキバオーは、皐月賞トライアル、スプリングS(GII)に出走。モーリアローから、不利を受けながらも快勝し、皐月賞に挑む。再び1番人気におされるが、チュウ兵衛の落馬もあり、カスケードの2着に終わる。その後、ダービートライアル・青葉賞(GIII)に出走するも、ベアナックルにまさかの敗北。ついに迎えた日本ダービー(GI)、カスケードに次ぐ2番人気。レースではベアナックルが出遅れたこともあり、逃げる。直線でカスケードにかわされるも、ゴール前でダイブし、写真判定。結局、1着同着。2頭のダービーが誕生した。このレースのあと、チュウ兵衛が死んでしまい、落ち込む。しかし、まだカスケード勝っていないことに気付き、やる気を取り戻す。菊花賞にむけて、スタミナをつけるために、障害練習に励み、障害戦にも出走し、勝利。カスケードが出走しない、菊花賞では、距離不安を取りざたされて2番人気。最後の直線でバテ、4着に終わる。菊花賞後は、有馬記念を目標に北海道でツァビデル、マキバコとともに特訓。有馬記念では、菊花賞での完敗を受けて5番人気。カスケードとの最後の勝負となったこのレース、最後のレースで他馬を突き放し圧勝!文字通りの「王者」となった。


〜5、6歳〜1997、1998年〜
まず春前に殿下に呼ばれ、ドバイで特訓。その後、ドバイワールドカップに出走するために、アマゴワクチンら5頭とともに本多リッチファームで特訓を行う。そのドバイワールカップでは、日本のエースとして予選の1R,3R,5Rに出走。1Rでは残り100mで先頭にたつも水を含んだ芝に足をとられたこともあって5着。3Rでは大きく出遅れ、ラチに乗って追い込むも結局競争中止。5Rではついにエルサレムと対戦。エルサレムを苦しめるも2着。レース後、故障が発生。予後不良(安楽死処分)の措置が取られそうになるが、源次郎の「愛」で、最悪の事態は免れ、何とか治療することになった。


〜7歳〜1999年〜
足にボルトを入れて奇跡の復活を遂げる。しかし、地方のダートで惨敗を続ける。そして迎えた年の暮れ。第1回ジャパンチャンピオンシップ。当然のことながら、人気は無く、10番人気。ここまで復活しただけでも奇跡だという声が大きい中、マキバオーは激走!勝てなかったものの、3着に食い込み、根性を見せつける!


〜その後〜2000年以降〜
たぶん海外を転戦。たぶん現在でもどこかの国で走ってるはずだ!
みんなで応援しよう!まだ、ゲイリーフラッシュ(02年、シルクロードS勝ち馬)と同い年だぞ!



マキバオー全戦績
=3歳=1995年=
レース名競馬場距離人気着順2着(1着)
3歳新馬新馬札幌T10002 1脇役の馬
函館3歳SG3函館T12004 1ニトロニクス
京成杯3歳SG2東京T14001 1ニトロニクス
朝日杯3歳SG1中山T160013(カスケード)


=4歳=1996年=
レース名競馬場距離人気着順2着(1着)
スプリングSG2中山T18001 1ダイインフロント
皐月賞G1中山T200012(カスケード)
青葉賞G3東京T240012(ベアナックル)
日本ダービーG1東京T24002 1(同着・カスケード)
障害未勝利未勝中山27001 1メジロパ・・
菊花賞G1京都T300024(アマゴワクチン)
有馬記念G1中山T25005 1アマゴワクチン


=5歳=1997年=
レース名競馬場距離人気着順2着(1着)
ドバイWC予選1RドバイM2500(ニトロニクス)
ドバイWC予選3RドバイT600中止(コメート)
ドバイWC予選5RドバイT24002(エルサレム)


=7歳=1999年=
レース名競馬場距離人気着順2着(1着)
ダイオライトOP船橋D24008(不明)
帝王賞G1大井D200011(不明)
南部杯OP盛岡D1600?6(不明)
ジャパンCSG1中山T2500103(ブリッツ)


★間違えがあったら、掲示板かメールで知らせて欲しいのね!★



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